AI時代のサイバーセキュリティ対策、「侵入を防ぐ」だけで大丈夫?

AI時代のサイバーセキュリティを「損得勘定」で考える|第1回:攻撃者の経済合理性と防御戦略

最近、企業/組織へのサイバー攻撃や、それに伴う個人情報の漏洩が相次いで報道されています。
2026年10月には、旅行予約サイト「skyticket」でも大規模な個人情報の流出が公表されました。
実は、私も利用者の1人で、今回の流出対象に含まれていたとskyticketからお詫びメールが届きました。

IPA(情報処理推進機構)が公表した「情報セキュリティ10大脅威 2026」でも、組織向けの脅威として、ランサム攻撃やサプライチェーンを狙った攻撃が上位に挙げられ、AIの利用をめぐるサイバーリスクも新たに選出されています。

このような状況を受け、各種メディアでは、様々な識者が、AI時代のサイバーセキュリティ対策強化を訴えています。
ただ、従来の延長線上でセキュリティ対策を強化していくだけで、十分なのでしょうか?
どういうコンセプトで、セキュリティ対策を強化すればよいのでしょうか?
もちろん、従来の対策が不要になるわけではありません。
しかし、攻撃者側の環境が大きく変わろうとしているのであれば、防御する側も、少し違った視点から戦略を考える必要があるでしょう。

というわけで、本記事を含む全3回に分けて、AI時代のサイバーセキュリティ対策について、経済合理性という切り口から、考え方を整理してみました。
なお、ここで紹介するのは、既存のセキュリティ技術も踏まえて、私なりに整理したコンセプトであり、すべての効果が実証された完成済みの対策体系ではありません。

なお、この記事に関する免責事項は、末尾に掲載されているリンク先に記載されていますので、ご確認ください。

先に結論だけ

従来の延長線上でセキュリティ対策を強化していくだけで、十分なのでしょうか?

守るだけでは足りない。攻撃者に「割に合わない」と思わせ、侵入されても目的を達成させないことが、これからの防御戦略になる。

もちろん、侵入を防ぐ技術が不要になるわけではありません。
むしろ、それらを含むさまざまな対策を、攻撃者の目的達成を阻む手段として位置付け直したいのです。

本連載では、攻撃者と防御側の「損得勘定」という切り口から、
①攻撃者の行動と防御戦略
②企業/組織のリスクと投資判断
③AIを活用した実現方法
を順に考えます。
今回は、まず①の攻撃者側から見ていきましょう。

AIによって、攻撃者の経済環境が変わる

サイバー攻撃と、物理的な攻撃には、大きな違いがあります。
例えば、ある建物から情報を盗み出すために、物理的に侵入するとします。
現地まで移動し、侵入経路を調査し、警備を突破するなど、相応の手間がかかります。
別の建物を狙う場合も、同様の作業が必要になるでしょう。

一方、サイバー攻撃はどうでしょうか?
インターネット経由で遠隔から実行でき、攻撃対象の探索や脆弱性の調査など、多くの作業を自動化できます。
さらに、生成AIやAI Agent(AIが複数の工程を組み合わせて作業を進める仕組み)の進歩によって、次のような攻撃工程の一部が効率化されつつあります。

  • 攻撃対象となるシステムの情報収集・分析
  • 脆弱性や攻撃経路の調査
  • 攻撃手段の作成・修正
  • 標的に合わせた詐欺メールなどの作成
  • 取得した情報の分析

ここで重要なのは、攻撃対象を1件増やすために必要な、追加コストが下がるという点です。
経済学では、この追加コストを「限界費用」と呼びます。

仮に、ある企業を攻撃するために100時間の調査が必要だったものが、AIの活用によって10時間で済むようになったとしたら、どうでしょうか?
従来は攻撃する価値がないと判断されていた比較的小規模な企業も、攻撃対象の候補に入ってくる可能性があります。
あるいは、大企業への侵入を目的として、関連中小企業を片っ端から攻撃し、セキュリティの穴を見つける戦術を取られる可能性もあります。

もちろん、最近のサイバー攻撃増加の原因が、すべてAIであるとは言えませんが、しかし、少なくともAIによって攻撃側の作業コストが低下し得ることは、防御戦略を考えるうえで無視できない変化だと思います。
サイバー攻撃が簡単になるということは、攻撃件数が必ず増えるという意味ではありません。
しかし、攻撃するかどうかを判断する採算ラインが変わり得るという点は、防御側にとって重要です。

攻撃者の「損得勘定」をモデル化する

ここから、サイバー攻撃を経済合理性という観点で整理してみます。
例えば、金銭目的の攻撃者であれば、攻撃を行う前に、明確に意識しているかはともかく、次のような判断をしていると考えられます。

  • この企業/組織を攻撃して、どの程度の利益を得られそうか?
  • 攻撃に成功する可能性は、どの程度あるか?
  • 攻撃に必要な時間や手間は、どの程度か?
  • 発覚して、何らかの損失を被る可能性はあるか?

一方、防御する企業/組織は、攻撃によって生じる被害と、そのリスクを抑えるための対策費用を考えます。

そして、ここには重要な違いがあります。
攻撃者が得る利益と、防御側が被る被害は、必ずしも一致しません。

例えば、個人情報が流出しても、攻撃者はそれを売却・悪用できず、利益を得られなかったとします。
それでも、防御側の企業/組織には、顧客離れ、信用毀損、将来の利益減少などの被害が残る可能性があります。

まず、ここでは攻撃者について、攻撃前の予想と、攻撃後の結果を分けて考えます。
防御側の費用とリスクについては、第2回で整理します。

モデルA:攻撃前の期待利益

まず、攻撃者が、攻撃を実行する前に予想する期待純利益を \( E_A \) とすると、簡略化したモデルとして、次のように表せます。

EA=Ps×V−Ca−Pd×Pp×CpE_A = P_s × V − C_a − P_d ×P_p× C_p
記号意味
\( E_A \)攻撃前に予想する期待純利益
\( P_s \)攻撃の最終目的を達成できると予想する確率
\( V \)目的達成時に得られると予想する収益
\( C_a \)攻撃に必要と予想するコスト
\( P_d \)ペナルティにつながる検知・特定の予想確率
\( P_p \)検知後にペナルティが発生する予想確率
\( C_p \)ペナルティが発生した場合の予想損失

ここで重要なのは、上記はいずれも、攻撃者が主観的に予想した値だということです。
防御側が秘密裏に実施している対策は、実際の攻撃には有効でも、攻撃前の判断には直接影響しないでしょう。

攻撃者が攻撃しない場合の利益をゼロとすれば、目指す状態の一つは、以下です。

EA≦0E_A ≦ 0

つまり、「この企業/組織を攻撃しても、割に合わない」と判断してもらうわけです。
ただし、攻めにくそうだと思わせるために、セキュリティの内部情報などを公開してしまっては、逆に攻める糸口を提供することになってしまします。
また、攻撃者は、必ずしも金銭目的とは限りません。政治的・国家的な目的、報復、愉快犯などもあります。
そのため、これらの攻撃者が目的達成によって得る価値については、単純な金銭的利益とは異なる場合があります。
しかし、分析上の仮定として、攻撃者の目的達成によって得られる価値を、金銭相当額に換算すれば、共通の尺度で考えることも可能でしょう。
もちろん、この換算額は、あくまで推定値となります。

モデルB:攻撃後の実現利益

事前には利益が得られると思っていても、実際に攻撃してみると、目的を達成できない場合もあります。
そこで、攻撃後の攻撃者の実現純利益を \( G_A \) とすると、次のように表せます。

さて、攻撃者が事前に予想する利益と、実際に攻撃を行った結果として得られる利益は、別のものです。
事前には成功しそうだと思って攻撃しても、実際には目的を達成できなかった、ということもあります。
そこで、実際に攻撃された場合の攻撃者の純利益 \( G_A \) は、次のように表せます。

GA=RA−CA−LAG_A = R_A − C_A − L_A
記号意味
\( G_A \)攻撃によって実際に得られた純利益
\( R_A \)攻撃によって実際に得られた価値
\( C_A \)攻撃に実際に投入したコスト
\( L_A \)攻撃によって実際に被った損失・ペナルティ

例えば、攻撃者が認証情報を盗み出すことに成功したとしても、その認証情報が無効化されていれば、実際に得られる価値 \( R_A \) を減らせる可能性があります。
侵入後に攻撃を検知・封じ込めることができれば、攻撃者が本来の目的を達成できず、投入したコストだけが残る可能性もあります。
したがって、攻撃を受けた場合の防御目標は、攻撃者の実際の純利益 \( G_A < 0 \) とすることが理想です。

なお、モデルA(\( E_A \))と同様に、金銭以外の目的によって得られた価値も、分析上は金銭相当額として評価します。
ただし、この場合も、攻撃者が得た価値を外部から正確に推定することは困難です。
これらの数式は、攻撃者の行動を正確に予測するためのものではなく、セキュリティ対策を戦略的に整理するための考え方です。

「攻撃者の利益」と「企業/組織の被害」は違う

前述しましたが、ここで見落としてはいけないのは、攻撃者が利益を得られなかった場合でも、企業/組織の被害がゼロになるとは限らないことです。
情報が持ち出されれば、攻撃者がその情報の換金に失敗しても、企業/組織には信用毀損や顧客対応費用が残り得ます。

だからこそ、攻撃者の損益を悪化させることは有力な防御戦略であっても、それ自体が企業/組織の損失低減を保証するわけではないと整理しておきます。

攻撃者にとって「割に合わない」環境を作る

では、攻撃者の期待利益や実現利益を小さくするには、何をすればよいのでしょうか?
企業/組織が、主体的にコントロールしやすい要素を中心に、4つの領域を考えます。

① 攻撃成功確率を下げる

これは、従来からのセキュリティ対策の中心です。

  • MFA(多要素認証)によって、不正ログインを難しくする
  • 脆弱性を適切に管理し、不正侵入の経路を減らす
  • 最小権限やネットワーク分離によって、侵入後の被害拡大を防ぐ
  • データの持ち出しを阻止し、迅速に攻撃を封じ込める

ただし、ここでいう「攻撃成功」は、単にシステムへ侵入できたことではありません。
情報の窃取、金銭の詐取、システムの破壊など、攻撃者が最終目的を達成したことを成功と定義します。
つまり、侵入されても、目的を達成させなければよいわけです。
そのためには、侵入防止だけでなく、侵入後の権限制御や検知・封じ込めなど、複数の段階で対策する多層防御が重要になります。

② 取得された情報・資産の利用価値を下げる

例えば、認証情報を盗まれたとしても、パスワード変更やセッション無効化、APIキーの失効などが速やかにできれば、それを利用した不正アクセスを阻止できる可能性があります。
取得した情報を無効化できれば、攻撃者の実現利益 \( G_A \) のうち、実際に得られる価値 \( R_A \) を低下させられます。

同様のアプローチで、

  • 漏洩したパスワードやAPIキーを失効させる
  • 不正に取得されたアクセストークンを無効化する
  • 不正な決済やアカウント利用を停止する
  • 復旧能力を確保し、ランサムウェアによる身代金要求への依存を減らす

といった対策が考えられます。

ただし、氏名、住所、営業秘密のように、いったん漏洩すると失効できない情報もあります。
情報を盗まれないようにする対策が不要になるわけではありません。

③ 攻撃コストを上げる

ここが、今回、特に注目している領域です。
攻撃者の作業コストがAIによって下がるのであれば、防御側は、AIを使って、逆に攻撃者の作業コストを上げることを考えてみよう、という発想です。
方法としては、大きく3つあります。

  1. 攻撃の複雑化
    権限制限や多層防御などによって、攻撃者が突破しなければならない工程を増やします。
  2. 継続的な変化
    攻撃者が調査した情報を、古い情報にしてしまいます。
    例えば、攻撃対象として認識されるシステムの構成要素などの情報を適切に変化させることによって、攻撃者に再調査や再検証を強いることが考えられます。
    このような考え方は、Moving Target Defense(移動標的防御)と呼ばれます。
  3. 欺瞞(ぎまん)
    本物らしく見える偽の情報やシステムを用意し、攻撃者がそれらを調査するように誘導します。
    これはCyber Deception(サイバー欺瞞)と呼ばれる技術領域です。

私は、このうちの「継続的な変化」と「欺瞞」を組み合わせることに、可能性を感じています。
具体的な仕組みと、AIの使い方は第3回で取り上げます。

④ 検知・追跡・特定能力を上げる

攻撃が行われても、早期に検知し、封じ込めることができれば、攻撃者の目的達成を阻止し、企業/組織の被害を抑えられる可能性があります。
例えば、以下です。

  • EDR(端末上の不審な活動を検知・調査する仕組み)
  • SIEM(複数のシステムのログを集約・分析する仕組み)
  • ネットワーク上の異常な通信の検知
  • ログの保全と、攻撃経路の追跡
  • 攻撃に使用されたアカウントや通信先の特定

ただし、攻撃元IPアドレスが分かることと、実際の攻撃者本人を特定できることは異なります。
攻撃元のIPアドレスが分かっても、その背後にいる人物が分かるとは限らないためです。
そのため、技術的な検知と封じ込めを基本としつつ、必要に応じて外部機関との連携も考えます。

補完的な領域:攻撃者が被る損失を上げる

攻撃基盤の停止や不正資金の凍結、法的制裁などによって攻撃者の損失を上げることも考えられます。
しかし、一般の企業/組織が直接コントロールできる範囲は限られます。

2026年10月には、能動的サイバー防御に関する法制度が施行され、一定の要件の下で、警察や自衛隊が攻撃基盤を無害化する措置も可能になりました。
GMOインターネットが政府に適用を要請した事例も報じられていますが、実際の措置の実施状況は明らかではなく、実施の判断も政府が行うため、一般の企業・組織が直接コントロールできる範囲は、引き続き限られると見込まれます。

一方、内部不正については、就業規則・契約・監査体制などによって、一定の抑止力を持たせられる可能性があります。
禁止行為を明確化し、法令やコンプライアンスに適合した合理的・相当な措置を定め、適正な手続きで運用することが前提です。
正当な内部通報と不正行為も明確に区別しなければなりません。

まとめ――侵入防止から、攻撃目的を達成させない防御へ

最初に提示した結論を、もう一度確認します。
従来の延長線上でセキュリティ対策を強化していくだけで、十分なのでしょうか?

守るだけでは足りない。攻撃者に「割に合わない」と思わせ、侵入されても目的を達成させないことが、これからの防御戦略になる。

生成AIなどによって攻撃側の作業コストが下がる可能性があるなら、防御側も「侵入を何件止めたか」だけではなく、「攻撃者にどのような手間・失敗・損失を強いるか」を考える必要があります。

モデルAは、攻撃前に採算が合わないと判断させるための視点です。
モデルBは、それでも実行された攻撃の目的達成を阻むための視点です。
MFA、最小権限、監視、認証情報の失効、動的防御や欺瞞などは、これらの観点から組み合わせて評価できます。

ただし、攻撃者の利益が減ったとしても、それだけで企業/組織の被害が減ったとは限りません。
防御側が被る損失と、対策に必要な費用を別途評価する必要があります。

では、企業/組織は、どこまでリスクを許容し、いくら投資すべきでしょうか。
次回は、防御側の「損得勘定」を定量化し、経営判断に結び付けます。

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